横浜地方裁判所 昭和35年(ワ)31号 判決 1963年3月25日
原告(反訴被告) 金崎郡平
被告(反訴原告) 宗教法人孝道山本仏殿 被告 孝道教団
主文
一、被告(反訴原告)宗教法人孝道山本仏殿は、原告(反訴被告)に対し、
(一) 別紙目録<省略>(一)記載の宅地のうち中央部約一坪の地表に堆積している崖崩れの残土を除去せよ。
(二) 右宅地及び右同目録(二)記載の境内地にまたがつて設置されているコンクリート石垣のうちその西端より一間の間地上において右宅地を侵害している部分を削除せよ。
(三) 右境内地の南側斜面のうち右宅地に接する部分の東端より西に九間の間の部分に別紙図面<省略>に示される工事を施して右斜面の盛土の崩壊を予防せよ。
(四) 昭和三十三年七月二十四日以降右(三)記載の工事完了に至るまで毎月一万円の割合による金員を支払え。
二、原告(反訴被告)の被告(反訴原告)宗教法人孝道山本仏殿に対するその余の請求及び被告孝道教団に対する請求はいずれもこれを棄却する。
三、反訴被告(原告)は、反訴原告(被告)宗教法人孝道山本仏殿に対し反訴原告が右一(二)記載のコンクリート石垣のうち地上において別紙目録(一)記載の宅地を侵害している部分を削除する行為及び右石垣のうち一部のブロツクの間隙をセメントをもつて充填する行為に必要なる範囲内において右反訴原告が右目録(一)記録の宅地に立ち入つてこれを使用することを承諾せよ。
四、反訴原告(被告)宗教法人孝道山本仏殿のその余の請求を棄却する。
五、訴訟費用中鑑定人松野重信に支給した分は原告(反訴被告)の負担とし、同平川保一、同籠瀬良明、同戸谷洋及び同山門明雄に支給した分は被告(反訴原告)宗教法人孝道山本仏殿の負担とし、その余の訴訟費用については原告(反訴被告)と被告孝道教団との間に生じたものは原告(反訴被告)の負担とし、原告(反訴被告)と被告(反訴原告)宗教法人孝道山本仏殿との間に生じたものは本訴反訴を通じ、これを三分しその一を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)宗教法人孝道山本仏殿の負担とする。
事実
(当事者の申立)
原告(反訴被告、以下単に原告という。)訴訟代理人は、本訴につき「被告らは、原告に対し、一、別紙目録(一)記載の宅地(以下本件宅地という。)及び同目録(二)記載の境内地(以下本件境内地という。)にまたがつて設置されているコンクリート石垣(以下本件石垣という。)を撤去せよ。二、本件境内地の南側斜面のうち本件宅地に接する部分の東端より西に九間の間の部分に別紙青写真一、二に示される工事を施して右斜面の土崖の崩壊を予防せよ。三、本件宅地のうち北側三十七坪の部分の地表に堆積している崖崩れの残骸である土砂を除去せよ。四、各自金二十五万円並びにこれに対する昭和三十三年七月二十四日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。五、各自昭和三十三年八月十五日以降右三記載の工事完了に至るまで毎月七百二十円の割合による金員を支払え。六、各自昭和三十三年七月二十四日以降右二記載の工事完了に至るまで毎月金五万円の金員を支払え。七、訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決を求め、反訴につき「反訴原告(被告)宗教法人孝道山本仏殿(以下単に被告本仏殿という。)の反訴請求を棄却する。」との判決を求めた。
被告ら訴訟代理人は、本訴につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、被告本仏殿訴訟代理人は、反訴につき「反訴被告(原告)は反訴原告(被告本仏殿)に対し、反訴原告のなさんとする左記行為に必要なる範囲内において反訴原告及びその使用人が本件宅地に立ち入り、かつこれを使用することを承諾せよ。記 (一)本件宅地のうち、反訴被告(原告)が本訴において「崩壊の残骸によつて使用を妨害されている部分」と称する場所に存する土砂を除去清掃する行為。(二)本件石垣のうち地上において境界線を超えている部分を削除する行為。(三)本件石垣の一部のブロツクの間隙をセメントをもつて充填する行為。(四)本件宅地のうち本件石垣と接する部分に巾一尺に亘つて花壇を造成する行為。(五)以上の工事に附帯する行為。」との判決を求めた。
(当事者の主張)
原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、
「(一) 原告は本件宅地の所有者であり、被告本仏殿は本件境内地の所有者である。
(二) 而して、右被告本仏殿及び被告孝道教団(以下被告教団という。)は、本件境内地の共同占有者である。
(三) 本件境内地は、本件宅地の北側にあり、約二十一間に亘つて本件宅地と境界を接し、昭和三十年頃まではその境界線から北に一尺平行に距つたところから約三十度の角度で傾斜面をなして上昇し、約六間の高さを有する高台地となつていた。
(四) 然るに、被告本仏殿は、高台の地域を拡張するため昭和三十年頃から前記境界線沿いの巾約一尺の平坦地の部分に土盛を始め境界線の東端よりそれに沿つて九間までの部分は境界線に接するまで土盛し、その傾斜は約七十度位になつた。
(五) 一方、原告は、本件宅地上に境界線に沿つて、その東端より二間までの部分にバラ線を張り、その西側七間に亘つて高さ十尺(地上八尺、地下二尺)、厚さ五寸の鉄筋コンクリート塀(以下本件コンクリート塀という。)を、さらにその西側に西端に至るまで高さ十六、九尺、厚さ五寸の鉄筋コンクリート塀を各設置し、右各塀の南側の宅地には芝生及び樹木を植えていた。
(六) ところが、昭和三十三年七月二十三日台風第十一号の風雨の際右盛土の土砂が崩壊したため、その土砂は、本件コンクリート塀を破壊して本件宅地内に崩落した。
(七) 右崩壊により原告の蒙つた損害及びその額は次のとおりである。即ち、
(1) 本件コンクリート塀損壊 金 二十万円
(2) 本件宅地内の芝生十坪破損 金 一万円
(3) 同樹木折損 金 一万円
(4) 同電気設備損壊 金 三万円
合計 金 二十五万円
(八) 而して、右崩壊事故はまつたく本件境内地に設置された前記盛土の設置又は保存に瑕疵があつたことによるのである。即ち、右盛土は何ら擁壁等を施すことなく単に境界線に接着させて約七十度の角度に積み上げたにすぎないものであつて、台風、豪雨等によつて容易に崩壊を予想されるものであつたのに被告らは附近住民の中止要請、消防署の警告等をも顧みず、右土盛工事を継続完了した。
よつて、被告らは設置及び保存に瑕疵ある土地の工作物の共同占有者として民法第七百十七条第一項本文、第七百十九条により連帯して原告に対し本件崩壊によつて生じた(七)記載の損害を賠償すべき義務があり、かつ被告らは右義務の履行につき損害の発生した日の翌日である昭和三十三年七月二十四日以降遅滞に陥つているから同日以降履行ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をする義務がある。
(九) また、右崩壊により本件宅地内に崩落した土砂は今尚本件宅地中北側三十七坪の部分に放置されており、そのため原告は右部分の土地使用を妨害されている。而して、右妨害により原告の蒙る損害は毎月少なくとも三十七坪分の地代相当額である七百二十円を下らない。
よつて、被告らは原告に対し右土砂を除去し、かつ使用妨害の事実が明確になつた昭和三十三年八月十五日以降右除去に至るまで一ケ月金七百二十円の割合による賃料相当損害金を支払う義務がある。
(十) 而して、被告らは右崩壊後補修工事と称して本件境内地上の境界線沿いに、前記崩壊部分に長さ九間に亘つて石垣を設置した。
(十一) ところで、右石垣は、その西端より一間の間、地表において巾若干、地下において巾一尺五寸に亘つて本件宅地を侵害しており、その構造も単に石を積み重ねてその間をコンクリートで固めただけの粗雑なもので、殆んど垂直であるばかりでなく、それに盛土をもたせかけているため容易に崩壊する危険があり、本件宅地に対する妨害を生ずる虞れが大である。
而して、右崩壊を予防するためには本件石垣を撤去して別紙青写真一、二のとおりの工事を施さなければ十分でない。
よつて、被告らは本件石垣の所有者及び本件境内地の共同占有者として本件宅地に対する侵害を予防するためその所有者である原告に対し、右石垣を撤去して右崩壊予防工事をなすべき義務がある。
(十二) 以上のとおり、被告らは前記崩壊事故の翌日である昭和三十三年七月二十四日以降現在に至るまで前記崩壊部分につき完全な補修をなさず、再度崩壊の危険があるにもかかわらず、盛土、石垣等の設置保存につき瑕疵ある状態を放置しているため、低地に現住する原告としては常時崩壊によりその生命身体を害される危険に曝され、これに対する不安恐怖により多大の精神的苦痛を受けている。
よつて、被告らは原告に対し設置及び保存に瑕疵ある土地の工作物の共同占有者として連帯して右苦痛により蒙る原告の精神的損害を賠償する義務がある。而して、右精神的損害額は、崩壊の危険の始まつた昭和三十三年七月二十四日以降その危険のなくなるまで毎月五万円の割合による慰藉料額に相当する。」
と述べ、さらに「被告ら主張の抗弁事実中、原告が被告らに対し被告ら主張の如き承諾を与えたことは否認する。また原告の本件石垣撤去の請求が権利の濫用であることは争う。被告らは前記崩壊事故直後原告に対し原状回復と崩壊に対する十分な予防措置を講ずることを約しながら右約旨に反した粗雑な本件石垣を築造し始めたので、原告は、その完成前である昭和三十三年八月十四日被告教団に対し右工事差止等の仮処分命令を得、この命令は翌十五日同被告に送達されたにもかかわらず、被告らはこれを無視し被告本仏殿に対しては効力なきものとして工事を続行し、本件石垣を完成させるに至つたものであり、かかる情況下において築造された本件石垣の撤去を原告において求めることは何ら権利の濫用でない。」と陳述し、また、被告本仏殿の反訴請求の原因に対する答弁として「被告本仏殿の主張事実中(一)の事実は認めるが、その余の事実はすべて争う。被告本仏殿主張の如き糊塗的工事は崩壊の危険を防止すべき抜本的な補修工事を困難ならしめるのみであり、原告においてかかる不法な工事のため被告本仏殿に本件宅地の使用を許さなければならない理由はない。」と述べた。
被告ら訴訟代理人は、本訴請求の原因に対する答弁として、
「原告の主張事実中(一)の事実は認める。(二)の事実については被告本仏殿が本件境内地を占有することは認めるが、その余の事実は否認する。被告教団は、同本仏殿及び各地支部を統轄する包括団体であつて、本件境内地を使用ないし支配しているものではない。(三)の事実については本件境内地が本件宅地の北側にあり、約二十一間に亘つてこれと隣接し、かつ高台地となつていることは認めるが、その余の事実は否認する。(四)の事実は否認する。(五)の事実については本件宅地と本件境内地との境界線に沿つて、原告主張の如き塀があつたことは認めるが、その余の事実は否認する。(六)の事実は認める。(七)、(八)の事実は争う。本件境内地の盛土の設置保存に瑕疵はなく、原告主張の崩壊事故は台風第十一号のもたらした豪雨に基因する不可抗力によるものである。(九)の事実については右崩壊による土砂が本件宅地内に残存することは認めるが、その量、範囲その他の事実は否認する。原告は、被告本仏殿が右土砂を除去しようとしたのに昭和三十三年八月十五日頃これを拒否し、それがため右土砂が残存するに至つたのであるから、被告らには損害金を支払う義務はない。(十)の事実については被告本仏殿が原告主張の工事をしたことは認めるが被告教団の工事ではない。(十一)の事実については本件石垣がその西端より一間の間地表において巾若干、地下において巾一尺五寸に亘つて本件宅地を侵害していることは認めるが、その余の事実は争う。本件石垣は専門家にその設計施工を依頼して出来たものであるから崩崩の危険は予想されないところである。殊に昭和三十六年七月七日本件擁壁上部に存在する鍾楼周辺の土地一一五、六三平方米についてコンクリート鋪装工事が完成し、これによつて雨水が擁壁に滲透することによる土砂崩壊の虞は完全に排除されるに至つた。(十二)の事実は争う。」と述べ、抗弁として「被告本仏殿は、本件石垣工事をするに際し、昭和三十三年七月二十六日頃同被告代理人沼尾実を通じて原告より右石垣のうち本件宅地を侵害している部分を撤去しないでもよい旨の承諾を得たのであるから、その撤去を求める原告の請求は失当である。また、本件石垣は前記のとおり専門家の設計施工に基づくものであつて、土砂の崩壊を防ぐに十分なものであるが、仮りに十分でないとしても補修工事をすることにより完全なものにできる程度のものである。したがつて、原告においてその補修、補強を求めるのは格別、その撤去を求めることは本件石垣構築のため要した多大の出費労力を無に帰せしめ、社会的経済的に莫大な損失を招くのみならず、被告に新たに多大の出費を強いるもので、被告側の損失は甚大であるのに比し、撤去せざる場合の原告側の損失は、仮りに右石垣に不備ありとしても補修により償われる程度であるから無に等しく、したがつてかかる請求は被告らに社会的、経済的に不能のことを強いるもので権利の濫用であるから許されない。」と述ベ、
被告本仏殿訴訟代理人は、反訴請求の原因として、
「(一) 原告は被告本仏殿に対し妨害排除等請求訴訟を提起し、右は横浜地方裁判所昭和三十四年(ワ)第二三一号事件として同庁に現在係属中であるが、原告は、右訴訟において被告本仏殿に対し本件石垣は崩壊の虞れありとしてその撤去並びに土崖崩壊の予防工事の施行を請求している。
(二) しかしながら、右石垣は、本件宅地と本件境内地の境界線に沿つて本件境内地内に右境内地の盛土の崩壊防止のため、被告本仏殿においてその代理人沼尾実をして原告と協議せしめその承諾を得た上築造したものであるところ、原告は昭和三十三年八月十五日頃に至つて突然右築造工事のために被告本仏殿の使用人らが本件宅地内に立ち入り、その使用をなすことを拒否するに至つた。そのため右石垣築造工事のうち、ブロツクの間隙をセメントで充填する工事の一部、石垣の地上表面のうち本件宅地上にある僅少部分を削除する工事及び本件宅地内の残存土砂の除去行為その他右石垣築造工事の附帯工事がそれぞれ施行不可能となつた。
(三) 而して、本件石垣築造工事はすでに一応完了しているが、さらに万全を期するためにはなお右各工事を施す必要があり、これらはいずれも本件宅地に立ち入り、これを使用しなければ実行できないものである。
(四) ところで、右各工事はいずれも本件宅地と本件境内地との境界に障壁を築造するに必要な工事であるから、本件境内地の所有者である被告は、原告に対し民法第二百九条第一項本文に基づき、右各工事に必要な範囲内において本件宅地の使用を請求する権利がある。
(五) また、前記被告本仏殿代理人沼尾実は、原告との前記協議の際同被告の費用をもつて本件石垣の縁に沿つて本件宅地内に巾一尺の花壇の造成を約し、原告は右造成工事のため本件宅地の使用を承認することを約した。
(六) よつて、被告本仏殿は、原告に対し民法第二百九条に規定する隣地立入権及び右特約に基づき反訴請求の趣旨記載のとおりの承諾を求める。」
と述べた。
(証拠関係)<省略>
理由
第一、被告本仏殿に対する本訴請求の当否
一、(請求の趣旨第三乃至第五項について)
原告が本件宅地の所有者であり、被告本仏殿が本件境内地の所有者にしてかつ右境内地の占有者であること、本件境内地が本件宅地の北側に位置する高台地であつて、約二十一間に亘つて本件宅地と隣接していること、右宅地と境内地の境界線に沿つてその東端より西へ約二間のところから西側約七間に亘つて高さ十尺(地上八尺、地下二尺)、厚さ五寸の鉄筋コンクリート製の本件コンクリート塀があり、さらにその西側に境界線の西端に至るまで高さ十六、九尺、厚さ五寸の鉄筋コンクリート塀が設置されていたこと及び昭和三十三年七月二十三日台風第十一号の風雨の際本件境内地の盛土の土砂が崩壊して本件コンクリート塀を破壊し、その土砂が本件宅地内に崩落し、かつその崩壊土砂の残土が今尚本件宅地内に残存していること(但し、その量及び範囲は暫く措く。)は、いずれも当事者間に争いがなく、また本件コンクリート塀が原告の所有であることは被告本仏殿の明らかに争わないところであるのでこれを自白したものと見做し得る。
而して、右当事者間に争いのない事実及び成立に争いない甲第一号証の一乃至十八、乙第二号証の一乃至八及び同第四号証、証人清水三之助、同内田治枝、同沼尾実、同椎谷健、同武田竜七の各証言及び原告本人尋問の結果並びに第一同検証及び籠瀬鑑定の各結果及び弁論の全趣旨(但し、証人、沼尾実及び同椎谷健の各証言については後記措信しない部分を除く)を綜合すると、
(い) 原告所有の本件宅地に隣接する本件境内地は、昭和二十七年頃までは比較的ゆるやかな勾配の自然の丘陵であり、その南側は本件宅地との境界線から約二間あまり離れたところからゆるやかに上昇する斜面となつていたが、昭和二十七年頃から被告本仏殿はその寺域の拡張並びに鐘楼建設のためその境内地の斜面に土盛をして本件境内地全域を高台地にするべく右土盛工事にとりかかり、昭和三十年頃には右高台地の造成工事を終えたこと、
(ろ) 右造成工事完成後の本件境内地の南側斜面は本件宅地に接着して約五十度の急勾配で上昇する高さ約六間の土崖となつたが、被告本仏殿は右盛土の崖に何らの擁壁も設けなかつたため、昭和三十三年七月二十三日台風第十一号による風雨の際、右土崖の一部が崩壊し、原告所有の本件コンクリート塀を破壊して本件宅地内に崩落したこと及び
(は) そのため、原告は、本件コンクリート塀の損壊の外、本件宅地内の芝生の一部破損、樹木折損及び同電気設備損壊等の被害を受け、かつ崩落土砂の一部残土は今尚本件宅地の中央部に約一坪に亘つて残存していることが認められ、証人沼尾実、同椎谷健及び同布川貞蔵の各証言中右認定に反する部分はにわかに措信しがたく、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。
而して、右高台地の如く盛土により人工的に造成された高台地は、民法第七百十七条の立法趣旨に照して、同条にいわゆる「土地の工作物」と認めるかあるいは少なくともこれに準ずるものとして同条の適用を認めるのを相当とするので、右崩壊事故が盛土により造成された本件高台地の設置保存に瑕疵があることによるものかそれとも被告本仏殿の主張のように台風第十一号のもたらした豪雨に基因する不可抗力によるものかにつき検討するのに、証人椎谷健の証言によると、昭和三十三年七月二十三日夜半頃神奈川県地方一帯を襲つた台風第十一号が相当な豪風雨であつたことはこれを認め得ないではないが、前記認定のとおり前記土盛工事完成後、本件境内地は隣地である本件宅地に接着して高さ約六間、勾配約五十度の急斜面をもつた高台地となつたのにかかわらず、被告本仏殿はその南側斜面の土崖に何らの擁壁をも設けなかつたことが認められ、かつ平川鑑定の結果によると右土崖の土砂崩れを防止するためには重力式コンクリート擁壁にして基礎幅二、五メートル、擁壁の高さ三メートル、壁厚上端において約四十五センチメートル程度のものの設置が必要であつたと認められるから、右崩壊当時の本件高台地及びその土崖の設置保存には明らかに瑕疵があつたものという外なく、かつ右崩壊事故はこの瑕疵に基因するものと認められ、右認定に反する証人沼尾実、同椎谷健及び同布川貞蔵の各証言はにわかに措信しがたく、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。
したがつて、被告本仏殿は原告に対し右崩壊土砂の残土である本件宅地中央部約一坪に存在する土砂を除去すると共に右土砂崩れ並びにその残土の存在により生じた原告の損害を賠償すべき義務があるが、原告提出援用にかかる本件全証拠によるもその損害額を認定し得ないし(なお、証人武田竜七の証言によると倒壊した本件コンクリート塀と同程度のものを今新しく作れば一間四方で三万円以上はかかることが窺えるが、倒壊した本件コンクリート塀の残存価値はこれによつても未だ確知しがたく、而も平川及び籠瀬鑑定の各結果によると、本判決主文第一項(三)に命ずる擁壁が出来上つた場合、本件コンクリート塀の障壁及び防壁としての機能並びに効用価値は著しく減少するものと認められる。)、成立に争いのない甲第四号証の一、二、証人沼尾実、同椎谷健の各証言によると、被告本仏殿が前記崩壊土砂の残土を搬出しないのは昭和三十三年八月十五日頃から原告が被告本仏殿の使用人あるいはその信徒らが本件宅地内に立ち入るのを拒んでいるためであると認められるから、原告において被告本仏殿の本件宅地立入を許容しない限り同被告は右土砂の残存による原告の損害を賠償する義務はないものと言うことができる。
よつて、原告の請求の趣旨第三、四、五項の請求は、本件宅地中央部約一坪の地上に残存する崩壊土砂の残土の除去を請求する限度において正当としてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却すべきである。
二、(請求の趣旨第一、二項について)
而して、前記崩壊事故後被告本仏殿が補修工事として本件境内地の境界線沿いに前記崩壊部分に長さ九間に亘つて本件石垣を構築したことは当事者間に争いがなく(なお、後記第二に示すとおり右石垣工事は被告本仏殿の単独工事であると認められる。)、前顕甲第一号証の七、八、十四乃至十七、第四号証の一、二、乙第二号証の一乃至八、第四号証、成立に争いのない甲第六号証の三、第九号証の一、二、乙第一号証の一乃至四(但し、撮影年月が昭和三十三年七月であるかどうかは暫く措く。)及び第三号証の一乃至四、証人沼尾実、同椎谷健、同作元勝胤及び同布川貞蔵の各証言、原告本人尋問の結果及び第一回検証並びに松野、平川及び籠瀬鑑定の各結果及び弁論の全趣旨(但し、証人沼尾実、同椎谷健及び同布川貞蔵の各証言中後記措信しない部分を除く。)を綜合すると
(い) 本件石垣工事については一応設計図(甲第六号証の三)が存するが、右設計図は被告本仏殿において工事妨害禁止の仮処分命令申請のため特に作成したもので、実際の本件石垣工事及び背面盛土の補修工事は右設計図と関わりなく行われ、その結果本件石垣背後の盛土の法勾配は中間の犬走りによつて上段、下段に別れた双方とも五十度を超える急勾配となつたこと(なお、本件石垣上段も犬走りとなつている。)
(ろ) 本件石垣は、高さ約二、八メートル、壁厚上段において四十五センチメートル、基礎コンクリート幅一、六メートルの間知石積式擁壁と重力式コンクリート擁壁の中間を行く構造の擁壁とされたが、右のとおり構築工事が設計図なしに行われたため、背面盛土の土圧に対する強度計算が十分でなく、而もその工事の施工も十分な専門家とは言い難い訴外沼尾実、同布川貞蔵らの監督によつて主として素人の信者らを動員して行われたため、間知石積式擁壁としては表面の間知石に相当するコンクリート破片が品質、形状寸法とも不良で積み方も入念でなく、表面法勾配も急にすぎ、排水設備も不十分であり、また重力式コンクリート擁壁としてはコンクリートの厚さが不十分な結果となり、結局背面盛土の高さ及びその法勾配と照し合せると、本件石垣は、右背面盛土に対する擁壁としてきわめて不安定かつ不十分なものと言わざるを得ないこと(なお、籠瀬鑑定の結果によると、本件石垣の安全性は一、一四となり、一応の安定性を保つているかの如くであるが、同鑑定の結果によるとこの種擁壁としては一、三乃至一、四程度の安全性が必要なことが明らかである。)
(は) 本件石垣にはすでに亀裂が生じているが、右亀裂の原因は本件石垣の強度が背面盛土の土圧に対し不十分であるという右石垣の根本的な欠陥に根差すものと認められ、かかる不備は、石垣上部の本件境内地上にある鐘楼周辺の平地の表面をコンクリートによつて舗装し、雨水が背面盛土に浸透しないようにしても到底補い切れるものではないこと
を認めることができ、右認定に反する甲第五号証の一、二、乙第八号証の一乃至七の写真説明部分並びに証人沼尾実、同椎谷健及び同布川貞蔵の各証言中右認定に反する部分はにわかに措信しがたく、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。
したがつて、本件石垣及びその背面盛土は将来、特に豪雨、地震等の場合には崩壊する危険を蔵しているものという外なく、その所有者たる被告本仏殿は本件宅地の所有者たる原告のため右石垣及び背面盛土の崩壊を防止するに必要な工事をなすべき義務があるというべきところ、原告において右予防工事を求めるには、危険防止に十分な限り被告本仏殿にかける負担を最も少くする方法を選ぶべく、この観点に立つて右工事方法を検討するのに、松野、平川及び籠瀬鑑定の各結果並びに第一回検証の結果を綜合すると、原告主張のように本件石垣を撤去してその代りに別紙青写真一、二に示されるような鉄筋コンクリート造の耐圧擁壁を構築することは右土砂崩壊防止のため最も安全かつ抜本的な解決方法であると認められるが、これは被告本仏殿に経済的に過重の負担を負わせるばかりでなく、工事の際本件石垣を撤去して盛土を切り取るため工事施行中の土砂崩壊の危険の問題もあり(籠瀬鑑定の結果によると、本件石垣を取り除いた場合の本件盛土の下段斜面の安全性は、内部摩擦角をφ=18°粘着力をC=1.0T/平方メートルとしてみると〇、九七となつて一を割り、本件石垣を取り除いた場合には直ちに崩壊する危険すらある。)、また右盛土の崩壊防止のためにこれ程までの工事が必要であるともにわかに断定しがたいので、原告の請求の趣旨第二項の請求はにわかに認容しがたいが、右各証拠によると本件盛土の崩壊防止のためには別紙図面記載のとおり本件石垣をそのままとして現在の上部犬走りの部分にコンクリート杭基礎並びに鉄筋コンクリート擁壁を施し、かつその上段斜面の法勾配を鐘楼の存置使用に支障なき限りできるだけゆるやかにすることがより経済的かつ簡単な方法として最良の方法であることが認められるので(他に右認定を覆えすに足る証拠はない。)、原告の予防工事の請求は右限度においてこれを認容すべきである。
ところで、原告の本件石垣の撤去請求につき検討するのに、前記各鑑定の結果並びに第一回検証の結果によると、本件石垣は前記のとおりその背面盛土に対する擁壁として不十分なものであるにしても、その崩壊防止に役立つものであり、被告本仏殿が本判決主文第一項(三)に命ずる工事をした場合には本件宅地を侵害する危険を有するとは認められないから、所有権に基づく妨害予防請求権の行使として被告本仏殿に対し本件石垣の撤去を求める原告の請求は失当としてこれを棄却すべきである。
もつとも、本件石垣がその西端より一間の間、地上において巾若干、地下において巾一尺五寸に亘つて本件宅地を侵害していることは当事者間に争いがなく、被告本仏殿において原告より右石垣中本件宅地侵害部分を撤去しないでもよい旨承諾を得ている旨主張するも、この点に関する証人沼尾実、同椎谷健及び同布川貞蔵の各証言はにわかに措信しがたく、他に右主張に副う証拠もないので、到底これを肯認しがたく、結局地上において巾若干、地下において巾一尺五寸に亘る前記各部分は不法に本件宅地を侵害しているものという外ない。したがつて、原告としては妨害予防請求権に基づく本件石垣全部の撤去請求が認められないとしても、妨害排除請求権に基づく右侵害部分の除去請求はこれを認めらるべきであるが証人沼尾実、同椎谷健の各証言及び前記各鑑定の結果並びに第一回検証の結果を綜合すると、本件宅地内に右地下侵害部分を存置されても原告の蒙むる実害はほとんど零であるのに対し、右侵害部分を除去した場合に被告本仏殿の受ける損害は本件石垣の強度がその西端より一間の間著しく弱まり、ひいては背面盛土の土圧に負けて崩壊する危険を招くという重大なものであつて、単に同被告ばかりでなく原告にすら多大の損害を与える虞もあるから、右地下侵害部分の撤去請求は権利の濫用として許されないものと解すべきである。もつとも、前顕甲第四号証の一、二及び証人作元勝胤の証言並びに原告本人尋問の結果によると、原告は本件石垣工事の中途において前記侵害部分を発見し、早急に被告教団を被申請人として昭和三十三年八月十四日工事差止の仮処分を得、該命令は翌十五日被告教団宛送達されたにかかわらず、被告本仏殿は同被告に対する効力なしとして一時中止した右石垣工事を間もなく再開し、本件石垣を完成させたことが認められるが、同時に右甲第四号証の一、二及び証人沼尾実、同椎谷健の各証言によると、右石垣工事の続行は当時台風期に差しかかつていたため工事を中途にすることは却つて危険であり、また右仮処分命令は事実工事施行者たる被告本仏殿を拘束するものでなかつたため行われたことが認められるから、前記の如き事情があつたとしても、右石垣工事の完成した現在原告において右地下侵害部分の撤去を求めることは矢張り権利の濫用になるというべきである。
よつて、原告の請求の趣旨第一、二項の請求は、本件石垣のうち西端より一間の間地上において巾若干本件宅地を侵害している部分を削除し、かつ別紙図面のとおりの予防工事を求める限度において正当としてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却すべきである。
三、(請求の趣旨第六項について)
以上のとおり、本件石垣は背面盛土に対する擁壁として甚だ不十分なものであり、右石垣の設置後も本件境内地の盛土は右盛土及び本件石垣の設置保存の瑕疵により依然として再度崩壊の危険に曝されているものと認められるが、前顕甲第一号証の三乃至十四、同第九号証の一、二、乙第二号証の一乃至六、証人内田治枝の証言及び原告本人尋問の結果並びに第一回検証の結果を綜合すると、隣接低地である本件宅地に現住する原告は、常時-豪雨、地震の際には特に-右盛土の土砂の崩壊によりその生命、身体、財産あるいはその家族の安全を害される危険に曝されており、これに対する不安恐怖により少なからぬ精神的苦痛を受けていることが認められ、右事実とこれまでに認定した諸般の事情を斟酌勘案すると、原告の右精神的損害に対する慰藉料は再度崩壊の危険の始まつた昭和三十三年七月二十四日以降主文第一項(三)の工事完了により右危険のなくなるまで一ケ月金一万円の割合による金額が相当であると認められる。他に右認定を覆えすに足る証拠はない。
よつて、原告の請求の趣旨第六項の請求は、右限度において正当として認容し、その余は失当としてこれを棄却すべきである。
第二、被告教団に対する本訴請求の当否
原告は、被告教団が本件境内地の共同占有者であることを理由として同被告に対し被告本仏殿に対すると同旨の判決を求めるが、成立に争いのない甲第二号証、第三号証及び第五号証の一、二並びに証人椎谷健の証言によると、被告本仏殿は被告教団と代表者、事務長及び事務所所在地を同じくし、同教団の総本山たる地位に立つため、同本仏殿の本件境内地の占有は恰も被告教団の占有であるかの如き観を呈するが、同教団は被告本仏殿その他教団支部を統轄する包括団体であつて、被告本仏殿とは別個の法人であり、その宗教活動を総本山たる被告本仏殿を中心に展開するに止まり、同本仏殿所有の本件境内地につき直接支配力を有するものとは認めがたく、かつ本件土盛及び石垣工事も被告本仏殿の寺域拡張工事として行われたことが認められるから、被告教団には本件境内地の占有はないものという外ない。なるほど弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第七号証の記載によると、被告本仏殿の本件土盛工事は被告教団挙げての宗教活動たる「平和の鐘」建設運動と関係を有し右建設運動には被告教団始め各地支部の支援が寄せられていることが認められるが、かかる事実があるからといつて直ちに本件境内地につき同教団の占有を認めねばならないものではなく他に被告教団の共同占有の事実を肯認するに足る証拠はない。よつて、被告教団に対する原告の本訴請求は、同教団に本件境内地の共同占有の認められぬ以上、その余の点を判断するまでもなく失当としてこれを棄却すべきである。
第三、被告本仏殿の反訴請求の当否
本件境内地が被告本仏殿の所有であり、本件宅地が原告の所有であること、被告本仏殿が右境内地の境界線沿いに前記土砂崩壊部分に長さ九間に亘つて本件石垣を設置したこと及び右石垣はその西端より一間の間、地上において巾若干右境界線を越えて本件宅地を侵害していることはいずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第九号証の一、二及び証人沼尾実、同椎谷健の各証言並びに第一回検証の結果によると本件石垣中には積石間に一部コンクリート目止めのなされてない部分が残つており、また中央部には上下に亘つて亀裂が生じているので被告としては本件石垣の完成並びに修繕工事として右地上侵害部分を削除し、右石垣中の間隙及び亀裂部分をセメントで充填する必要があるが、そのためには原告所有の本件宅地に立ち入り、これを使用する必要が認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。
而して、被告本仏殿の右工事は民法第二百九条にいわゆる境界又はその近傍において牆壁を築造し又はこれを修繕する行為に該当すると認められるから、被告本仏殿は同条に基づき原告に対し右工事に必要な範囲内において隣地たる本件宅地の使用を請求することができるというべきであり、原告としては被告本仏殿が右範囲内において本件宅地内に立ち入り、かつこれを使用することを承諾しなければならない。
ところで、被告本仏殿は右(い)石垣削除及び(ろ)セメント充填行為の外、(は)崩壊残土の除去行為、(に)本件宅地内の花壇造成行為及び(ほ)以上の各工事に附帯する行為のため本件宅地内に立ち入りこれを使用することを求めるが、これらはいずれも民法第二百九条の隣地立入権の範囲を越えるものであり、特に(ほ)の行為は漠然として特定を欠き、到底同条によつてはこれを認めがたくまた前記の如く被告本仏殿には本件残存土砂を除去してその妨害を排除すべき義務があるにしても、原告においてそのための立入を拒む以上被告本仏殿としてもその義務を果す必要はないものと言うべきであるから、原告の意思に反してまで右土砂の搬出のため被告本仏殿に本件宅地の立入権を認める必要はないものという外なく、同様に(に)の花壇造成工事についても、原告及び被告本仏殿間に特約があつたとしても、右は専ら原告に利益を与える契約であるから、受益者たる原告に対しその受領義務を課するものとは認めがたく、したがつて、被告本仏殿は右特約に基づいても原告に対し花壇造成工事のため本件宅地立入を請求する権利はないものと言う外はない。
よつて、被告本仏殿の原告に対する本件宅地立入使用請求は右(い)、(ろ)の行為をなすに必要な範囲内において正当としてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却すべきである。
第四、むすび
以上のとおりであるから、原告の被告本仏殿に対する本訴請求は主文第一項(一)乃至(三)判示の限度において正当としてこれを認容し、同被告に対するその余の請求及び被告教団に対する本訴請求はいずれも失当としてこれを棄却し、被告本仏殿の原告に対する反訴請求は主文第三項判示の限度において正当としてこれを認容し、その余の請求は失当としてこれを棄却することとする。
よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 久利馨 若尾元 早川義郎)